規制を設けることには慎重さが必要である。慎重さが要求される理由についてはすでに述べてきたところであるが、ここではさらに3つの理由をあげておく。
第一に、表現の自由のもつ「社会の安全弁」としての機能(=何らかの事柄に不満をもつ者が、実力での破壊行為ではなくたんなる言論行為で鬱憤を晴らすという意味において、表現は社会の安全弁としての役割を果たしているという考え方)を強調する立場からは、憎悪表現を規制してしまうと、憎悪思想を抱く人々が鬱憤を晴らすための手段が閉ざされることとなり、その結果、憎悪感情にもとづく過激な犯罪行為の発生につながるおそれがあると指摘される。
第二に、社会的な弱者を守ることを目的として導入した憎悪表現規制であっても、弱者の言論を取り締まるために活用されてしまうおそれも指摘される。たとえば、憎悪表現にさらされた社会的弱者が発信する反論のなかに社会的強者を攻撃する憎悪表現が含まれていた場合に、当該弱者の言論を取り締まるために規制が用いられてしまうという構図である。
第三に、合憲的な規制たりうるためにはごく限定的な一部の憎悪表現のみを対象とせざるえないことを踏まえると、ほんのわずかな効果のために表現の自由の保障全体を揺るがすような規制を設けることを正当化できないという指摘もある。
- 憎悪表現(ヘイト・スピーチ)の規制の合憲性をめぐる議論 | SYNODOS -シノドス- - Part 4 (via yaruo)
(deli-hell-meから)
https://twitter.com/sohbunshu/status/337329654270656512
ある日、子供と一緒に電車に乗る。ある大人が身障者の席に座っている。「パパ、あの人、あそこに座っていいの」と子供。「いいの。あの人はあたまに障害がある」。「なんて分かるの」。「分かる。あんなことをするから」。
すごいね、これ。
これが先進国()の考え方なんだ。
電車で身障者席なんてのは見たことがないので多分優先席のことなんだろうが、あそこは身障者以外座ってはならない席ではない。
体調が悪い人、高齢者、乳幼児連れなどが優先して座れるようにしてあるだけの席だ。
そこに座っただけで「あたまに障害がある」なんて発言をする人間は障害云々ではなくただの馬鹿。ゴミ。
ところで、このような考え方で一番被害を受けているのは誰だと思う?
そう、妊婦だ。
少し検索してみればわかるが、妊婦が優先席に座ることを認めないキチガイが世の中には多数存在する。
特に妊娠初期の妊婦は見た目ではわからないため、優先席に座っているとピンピンしたババアなどに嫌味を言われるという困った事例が多く存在する。
上記の発言、仮に「身障者の席」に座っている「ある大人」が妊娠初期の妊婦だったらどうだろう。
つわりで体調が悪く、しかたなく座ってる人間に対して大人が「あの人はあたまに障害がある」などと教えている風景を想像してみよう。
それが障害者にやさしい社会か。
弱者にやさしい社会か。
俺には強者の傲慢がはびこるクソ社会にしか思えねえよ。
"- 車椅子の件に宋文洲とかいうクソ経済評論家が周回遅れで乱入してきた挙句過去最大級の自爆をしたようです - 今日も得る物なし
https://twitter.com/sohbunshu/status/337328960658616321
子供への不寛容さをみても分かる。日本の大人達には大人ではない人が多い。煩く走り回るのは子供達の特権。障害者には特権がある。それを自然にできない大人は大人ではない。
昨日書きましたね。障害者に特権は必要ありません。
つか子供が走り回ってるのは「子供だからしょうがない」と周りが我慢しているだけであって、別に走り回る権利があるわけではない。
そして度を越した行為に対しては毅然と対応をするのが本当の大人である。
だいたい子供が走り回るのと障害者が対応を迫るのを同一に見てる事自体異常としか言いようが無いね。
障害者は自分の快楽のためにバリアフリーを望んでんのか。
"- 車椅子の件に宋文洲とかいうクソ経済評論家が周回遅れで乱入してきた挙句過去最大級の自爆をしたようです - 今日も得る物なし
コメント欄とかtwitterとかで「よく言ってくれた」とか「スッキリしました」という意見や感想を頂いてるんですが、それって裏を返せば「普通は言えない」「いつもモヤモヤしている」ってことだよなあ。
なんかもう障害者が何かおかしいことをしていても声を大にして言えない社会になってしまってるんじゃないですかね、今の日本って。
日本だけじゃないかもしれないけど。イギリスとか。
"- 慰霊の森ってそんなやばいのか|イケイケ速報 (via chikazoe)
(nobokoから)
dmmは世の中のオトコノコにとっていろいろと言及するのに躊躇いつつ誰でも知っているアレなわけです。で、それなりの規模のWebサービスの裏側を見たことがある人なら誰でも、dmmの裏側はきっと物凄いことになっているに違いない、ということが想像がつくわけですね。
簡単に思い付く範囲でも以下のようなものがあります。
これだけのことをやっているからには内部のシステムは物凄いことになっているに違いない、きっとその話はありとあらゆる世界の教訓になるに違いない。どんな分野の勉強会に行ってもひっぱりだこだ。
のだが、ありとあらゆる技術系勉強会でdmmの人というのに会ったことがない。これでもそれなりに広い範囲の勉強会に行っていろんな人と話をしたと思うんだが、dmmの人は本当に会ったことがない。誰に聞いてもまったく会ったことがある人がいない。
なんなんだ。どこにいるんだ。ツチノコか。
"- dmmのエンジニアと話をしてみたいという話 - たごもりすメモ (via rpm99)
(glasslipidsから)